行政についての訴訟判決

行政についての訴訟判決

  • ◆S50. 5. 9 長崎地裁 昭和46(行ウ)3 損害賠償請求事件(11)◇

 

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そして、このような原告の辞職申出が撤回されるに至つたのは、ひつきよう。Cら外部からの圧力によつてなされた恣意的なものにほかならない。従つて、かように原告の辞職申出に基づいて諌早市及び教育委員会等の内部的な手続が進行した段階で、原告の恣意に基づく辞職の撤回を認めることは、行政秩序の混乱を惹起し信義則に反するものであるから、到底許されないというべきである。
(二) なお、原告は、市長及び教育委員会が昭和四六年二月四日に至るまで原告を教育委員長として取扱つていた旨主張するが、そのような事実は存在しない。これを反ばくすると、次のごとくである。
(い)諌早市においては、従来より、教育委員会開催の場合は、同委員会事務当局において委員会の日時を定め、教育長が招集手続をとつていた。そこで、原告主張の各教育委員会の開

催に当つても、事務当局が、漫然招集者として原告名が記載された従来の招集用紙を用いて、右開催の通知手続を行つたものにすぎず、原告が特に招集手続を行つたというわけではない。
(ろ)また、右一二月二五日開催の定例委員会の席上では、原告を除くその余の教育委員は、辞任した筈の原告が出席してきたことに不審の念を抱きながらも、当日の予定議題が単なる教育長の報告だけであつたため、ことさら原告の退席を求めるなどして、事を荒立てることなく会議を終了した。しかし、昭和四六年一月三〇日の定例教育委員会では、再び原告が教育委員長として出席してくることが予

想されたため、原告を除くその余の教育委員は、すでに辞任した原告が出席するのであれば出席できない、という理由で欠席したので、結局、流会となつた。従つて、同日の定例教育委員会においては、原告が教育委員長として会議の運営に当つたようなことはない。
(は)さらに、原告に対して原告主張の各会合の出席要請ないし案内がなされたのは、諌早市及び教育委員会の事務取扱者が従来の出席名簿等に基づいて事務的、機械的に処理して案内状等を送付していたことによるものであつて、このことは、原告主張の第八回諌早市婦人大会開催に関する案内状が、原告が免職の手続がと

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